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プロの眼差し
エッセイ

プロの眼差し

2026.01.05 / 高畑 俊介

あの頃の私は、まだ「正解」がこの仕事にあると、どこかで信じていた。

介護福祉士を目指し、専門学校に通っていた二十歳そこそこの頃。教科書には、支援の手順や理論が整然と並び、そこには「こうすればよい」「こうするべきだ」という言葉が溢れていた。

けれど現実の現場は、いつもその枠からはみ出してくる。正解は一つではなく、時代とともに変わり、そして何より「人」によって違う。

実習で訪れた、ある訪問介護事業所。忘れもしない、実習初日、最初の午前中だった。

その日、私はヘルパー主任の女性に同行し、数軒の利用者宅を回っていた。緊張で背中が強張り、名札の重みだけがやけに気になっていた。

車を降り、最初に案内されたのは、車椅子バスケットをしている男性の自宅だった。玄関を入った瞬間、空気が変わったのを今でも覚えている。

壁にはトロフィーや賞状が所狭しと並び、生活の中に「競技者としての誇り」がそのまま残されていた。四十歳前後のその男性は、鍛え抜かれた上半身を誇るように、車椅子に深く腰掛けていた。

私は、視線を合わせることができなかった。

「おはようございます。本日、実習でお世話になります」

早口で挨拶をした私に、男性は車椅子を一歩分近づけ、低い声で言った。

「あのな。こういう人間と話す時は、目線を合わせろ」

心臓が跳ねた。学校で何度も習ったはずのことが、緊張の中で抜け落ちていた。

私は慌てて床にしゃがみ込み、視線を合わせて謝った。その時、心のどこかで思ってしまった。

――なんで、よりによってこの家なんだよ。

今なら分かる。あれは、主任なりの配慮だったのだと。

10分間

その日の支援は、入浴介助だった。男性は自己導尿も、着替えも、何一つ隠すことなく、私の前で行った。

若造の実習生に、自分の最もプライベートな部分を見せる。それがどれほど勇気のいることか、当時の私は想像すらできていなかった。

排泄処置を終え、看護師が合流し、いよいよ入浴となった。

浴室に敷かれたマットの上に、男性は身体を移した。次の瞬間、上半身だけの力で身体を起こし、浴槽へと向かおうとする。

下半身の重みが、動きを阻む。手すりを持ち替え、息を荒くしながら、何度も挑戦する。

私は、喉の奥が詰まるような感覚を覚えた。

――どうして、足を持ってあげないんだ。
――どうして、手を出さないんだ。

けれど、ヘルパー主任も、看護師も、ただそこにいた。浴室の中で、静かに、じっと、男性を見つめていた。

何もしない。けれど、目を逸らさない。

男性の呼吸は荒くなり、額には汗が滲み、筋肉が大きく隆起する。うめき声が、狭い浴室に響いた。

その時間は、永遠のように長かった。時計を見たわけではないが、あとで聞いたら「10分くらい」だったという。

たった10分。けれど、あれほど濃密な10分間を、私は他に知らない。

やがて、男性は浴槽に渡された板の上に、身体を乗せることができた。その瞬間、ふっと、力が抜けたように笑った。

主任の方を見て、微笑んだ。

「できたな」

主任も、看護師も、満面の笑みで応えた。

「できた、できた。今日もうまくいったじゃん」

その後の支援の詳細は、ほとんど覚えていない。記憶に焼き付いているのは、苦しむ男性を見つめていた、あの眼差しだけだ。

優しくて、厳しくて、揺るがない眼差し。

自立支援という言葉の意味

帰りの車の中で、主任は私に言った。

「あの人はね、自分で排泄して、お風呂に入る生活を望んでいるの。だから私たちは手を出さない。危険がないように見守りながら、できる限り"任せる"。いつか一人でできるようになるのが、彼の夢だから」

そして、こう続けた。

「障がいを持つ人の中には、健常者なら数秒で終わることに、何十分もかける人がいる。でもね、『自分でできた』っていう喜びは、何にも代えられないのよ」

その言葉が、胸の奥に落ちた瞬間、車窓の景色が滲んだ。

私は、あの時初めて「自立支援」という言葉の意味を、身体で理解した。

介護は、誰かの代わりにやることじゃない。
人の人生を、奪わないことだ。

根っこにあるもの

あの訪問介護実習は、たった二日間だった。けれど、私にとって大切なことは、最初の半日で十分だった。

今も、現場では意見が割れる。安全か、自立か。効率か、尊厳か。

そのたびに、私は思い出す。あの浴室の10分間を。

もし、あの主任が今もどこかでこの仕事を続けているのなら。そして、あの男性が今も自分の人生を選び続けているのなら。

心から、伝えたい。

「ありがとうございます。
お二人に教わったことが、今でも私の根っこにあります」